ロミロミ 恵比寿 ハワイ

KIYOニューヨーク進出計画ただいま実行中
目指せ!奇跡のロミロミ・セラピスト!履歴に年齢不要のニューヨークな生き方でアンチエイジングな勘違いGood生活しておりますぅ。ニューヨーク、ハワイ、日本のあれこれもお届け^^

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ウサギ
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大晦日の夜…ふるぅい話です。眠れないおかげで思い出しちゃいました(;^_^A。

ニューヨーク マンハッタン 9/24(土)午前5時。。。

KIYOねえ早起きねって???

いえ…まだ寝れてません…。。。
せっかく時差ぼけ解消でき始めていたのに…、あの怒涛の徹夜続きですっかりおかしくなっておりまする…。

今日は3時〜極真空手をハンターカレッジまで見に行く予定なのに…。
果たして、ちゃんとこの後寝れて、起きれるのだろうか…???

皆さんは眠れぬ夜には何をしてますかぁ?

えっ?ウルトラマン数える???なんとまぁ〜平和な夜になりそうですね。

さぁてと、頑張って寝ないと…また夜が明けてしまいます…(^^;)。

そういえば、その昔スクールメイツの頃の話ですが(古;^_^A)
12月31日ってレコード大賞が行われるのですが(今年からもしかして30日になるんでしたっけ?)、その年はもう永遠のアイドルだと信じていた西城秀樹さんのヤングマン(←なつかし!)が、最優秀歌唱賞を受賞するのでは?ということで、スクール・メイツも帝国劇場へ行ったわけです。。。
確か帝国劇場だったと思うのですが…。
リハーサルも無事に終えて、本番を待つのみ…時は大晦日ですからなんだかワクワクドキドキなんであります…。

今の賞レースって、もう受賞する人が事前に決まっていて、ちゃんと受賞者のみがステージに呼ばれるじゃない?
ところがその昔は、候補者数人が横一列に並んで、スポットライトが左右を8の字にまわったりして、ドラムロールが鳴り、その後、受賞曲のイントロが流れて、曲名と名前が呼ばれて、スポットライトが受賞者に当たるんですよ。。

そこで、初めて受賞したことに気が付きワーッと泣いたりなんかして…。
めちゃ感動だったりするわけです…。

で、その日もそんな感じで、、、最優秀新人賞だとかが決まって…。。。
いよいよ秀樹さんだぁ〜!
「スクール・メイツ!スタンバイおねがいしまぁす!」
というわけで、上手と下手に分かれてスタンバイ…!
あの♪ヤングマン!(YMCA)♪を踊る瞬間が…。。。。

本年度の最優秀歌唱賞は!(高橋圭三氏の司会でした^^)

と、その時ドラムロールが鳴り、スポットライトが左右に動き…
すると!流れてきたのは…。。。

演歌…????

えっ?まさか!

♪思い出酒♪小林幸子さぁ〜ん!

ですと!

っつーことは???私たちの大晦日は…スタンバイだけで終わった…。。。
しかも、大晦日は24時間電車動いてるから配車ないし…。電車で帰らねば!
えーっ!と言いながら当時は素直な良い子???でしたので、帰る事に…。
なんか、なんか眠れない夜を過ごしたわけでありました。。。
気がつけば除夜の鐘も鳴り…おめでたい元旦…。。。
でもでも、なぁんかさえない夜明けを迎えたのであります…。

秀樹さんが悪いのではありませんので誤解のないよう…。

スクール・メイツに入って、本当に本番までわからないんだ!
と知ったのでありました…。
事前にわかってるって思ってたんだけど…。真剣勝負だったんだ…。
ほんとに賞レースだと知った夜でした。ではでは。

そういえば、ヤングメイツの先輩方は紅白だったっけ…あの時。
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左足くるぶしの骨折

あれはちょうどかくし芸大会のリハーサルが始まる頃の話。
レッツゴーヤングの振付でめちゃ簡単なBoxというステップを踏んでいる時にコケテしまい、痛冷や汗…。と思いつつ、その日はもへいちゃんという当時背の高い二人が並ぶことが多く、そのもへいちゃんと二人でバレエの技を使いセンターで二人で目立つラッキーな振付を受けた日の出来事でした…。これはこの日はちょいと二人でアップになる可能性大!なんつー嬉しい誤算を心の中で考えていたのに…。

振り付けの間は痛いのは我慢し、まぁ捻挫だろうなぁ〜なんつーことで冷やせばどうにかなると思っていたのですが…。。。振り付けが終わる頃には足が腫れてきて…その日は布団を足にかけて寝られない痛さで、、、
朝目覚めるとくるぶしの部分が二倍に!

たったいへぇん!あわててお医者様へ…と言いたいところでしたが、柔道の先生のところへ(接骨院)行き…あっさり折れてますね…えっ?折れてるの?
しかもくるぶしの骨というのだから面倒なヶ所なのであります。
で、先生はギブスをせずにテーピングで治そうということで、ずれてしまった骨をぐいぐいと戻し(これがまた痛かった…。)しっかりテーピングをし…。。。

えっ?そのレッツゴーヤングの振り付けはどうなっのって?
確か私抜きでそのまま…だったかと…。
で、本番に顔を出したら数人の先輩の怖い顔ったら忘れません。
心の中で「何でのこのこ来たの?」って思われてるだろうなぁ〜って感じのこわぁい顔。

だけど、この時心に誓いましたよ。。。人が落ち込むところで踏ん張っている人には笑顔で応対したいと…。

いやぁ〜ご迷惑をおかけしたことは申し訳ないです…確かに。
でも、あの頃はまだプロ意識もまだまだ足りず、大人にもなりきれない16歳くらいの頃。実はこの頃岩崎良美さん担当でかくし芸大会の洋舞の振り移し担当が決まっていたんです…がそれもなしで二重のショック。
かくし芸大会の洋舞は当時、忙しいアイドルは毎日行われる練習にスケジュールの関係で出られないことのほうが多く、かわってメイツが全体で行われる振付を受け、それを夜中にフジテレビのリハーサル室で振り移しをしていたのです。帰るのは2時3時。当時高校生も多く次の日に学校があったりして…。アイドルさんたちは毎日夜中にそういった特訓を重ね本番に臨むのでありました。

後にキャプテンとして洋舞に相方と出演させて頂きましたが、みんな大変そうだなぁ〜と…でも、私達はただ踊るだけでなく帽子を巧みに操る振付で大変でしたが…。プレッシャーですよね…。。。自分ひとりが間違えたら全員に迷惑がかかると…。
でもね、リハーサルの楽しみがあって、全体練習になると(深夜で帰宅は3時4時になります)、スタジオに並んだ机の上に夜食が並んで、コロッケだのおにぎりだのってそれが楽しみでしたよぉん。休憩の時になんにしようかなぁ?なんて輪になって食べたり飲んだり(アルコールではありませんが)
普段、なかなかお話しする機会のない横の繋がりが出来たりしてね。
深夜に何かを一緒に頑張ると言うと連帯感が生まれたりするのです。
そんな仲間との本番が終わるとホッとしてみんなウルウルしてしまうんですよ。いろんな思いがこみ上げるんですね。

で、当時は渡辺プロダクションの今は亡き渡辺晋社長自ら本番終了後にTVに移らない部分で頑張った人に賞を下さるのでした。これが案外大本番の時の楽しみであり感動であり。タレントさんは本当に真剣です。引き受けてしまった以上、途中で止めるは言えない。諦めない、頑張り続ける…だからこそ、あの大本番の日にあちこちで涙が見られるのであります。

TVのこちら側で見ている人に伝わりきれない努力が日々行われるのですよ。
当時の渡辺プロダクションと言えば絶大の力がありましたから。
傘下の東京音楽学院も華やかな時代でした。
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衣装替えに大わらわなNHKホールの舞台裏

スクール・メイツとザ・バーズを混同しておられる方も多いかと…。
えっ?メイツそのもの知らない???あっそうですよね。。。
でも、スクール・メイツってその昔はCDなんかも出したりして案外知名度あったんですよね。(;^_^A

第一期生は鶴間えりさん、キャンディーズさん、太田裕美さん、布施明さん、森進一さんなどなど。。。
広島校には西城秀樹さん、九州校には森口博子さん。。。
で、 笑福亭笑瓶さん、渡辺美里さんなんて書いてあるサイトも…
知らなかったぁ〜。野口五郎さんや山口百恵さんが通っていたのは歌の先生がおっしゃられてましたが…。

森口博子さん…のちに『聖カトレア学園』というテレビ東京の番組で一緒になった際に、先輩先輩と呼ばれるのでなんで?って聞いたら
「私九州校だったんです…」と笑顔で言われ、そうだったんだぁ〜どうりで先輩…なんつーこともございました。
マッチさんのバックで1回踊ったのがテレビでよく放送されてましたよねぇ。後輩だったんだぁ〜と妙に親しみを感じましたですぅ。

なんか話がそれましたが、メイツと言えばNHKのレッツゴーヤングのヤングメイツが花形でしたが、いやぁ〜いろいろ踊りましたよねぇ。
石野真子さんが♪春という日は三人の人書きますぅ。貴方と私とそして誰の日〜♪なんていう不思議な歌???で踊っていたのですが、その後私たちがデビューした時にもともと春って三人の日って書くよね…ということで作ったというアイディアを歌にしたディレクターさんだったんですよ…。ふしぎぃ〜な感じでしたね。おっとまた話がそれましたが、とにかく40分の番組の中で数曲メイツが踊るのですが、後半の10分でタイトルはなんだったかなぁ?もう忘れてしまいましたが…誰か覚えてたら教えてちょ、メドレーでいろいろ歌手の方々が歌われるのですが、それが毎週着替えの激戦区…といいますか、とにかく歌手の方々もメイツもバタバタで着替えます。
楽屋まで行っている時間のない場合は舞台袖の裃にあるついたての中で着替えるのですよ。。。
もう、笑っちゃうほどみんなが大慌てなのであります。
でも、あれがまた本番やってるという充実感ですよね。
流石にファッションショーなどのように真っ裸で楽屋で着替えるなんつー大胆な方はおりませんでしたよん。

今日は久しぶりにダンスレッスンを受け、身体が思うように動かないことがはがゆくて、それでももう楽しくて嬉しくて^^。
やっぱりダンスをしていると日頃の生活に悩み事があろうがなかろうが何にも考えずに没頭できて幸せだぁ〜!なんか心だけ10代の頃のワクワク感に戻って自分のルーツを感じられて充実感いっぱいの1日でありました。
それにしても、身体が硬くなりすぎて、驚き。。。
さぁ、またニューヨークで楽しみ見ーつけた!
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鼻血ぶーっな深夜のリハーサル

昨夜ニューヨークで“デリデリキッチン”がオンエアされ、榊原郁恵さんのお元気そうなお姿拝見。
郁恵さんといえばスクールメイツの時に初めてレギュラー獲得したのが、1つはNHKのレッツゴーヤングでしたが、同時にTBSのスターダッシュNo1という番組でもレギュラーに!
この番組、メイツが所属している東京音楽学院ほど規模は大きくないのですが、いわゆるスターを目指して頑張る若い女の子のスクールが舞台になっていたのです。で、ダンスシーンと夕食のシーンが必ずあり、とっても楽しみな番組でした。で、そのダンスシーンのリハーサルは郁恵さんを始めとして岩崎良美さんなどのお忙しいアイドルと女優さんなどが出演していた為、毎週夜中に行われておりました。TBSの別館、、、で。

当時高校生だった私は毎週午前様(帰宅は午前二時や三時)でハイヤーで帰るため、翌日の学校へ行く為に毎朝6時におきて朝シャワーしていたのですが、それはやはり毎日の学校とスクールメイツのスケジュール(そんじょそこらのタレントさんより忙しい日々でした…。)に追われ…そんなある日のこと…。
いつものようにダンスリハが終わって化粧室で顔を洗おうと水を顔にかけたところ…洗面台が真っ赤に…。。。なんじゃ?
状況を把握できずに顔を上げると鏡に写った私の顔は…鼻血ぶーっ!だったのでした。
そのとき、やっぱり忙しい…と気がついたわけですが、
でも、当時は歌番組も多かったですし、賞レースの番組のオープニングとエンディングにはスクールメイツは欠かせないって感じでしたからねぇ。
さすが、渡辺プロダクション様…。

でも、忙しいことに気がつかないほど楽しかったんですよねぇ。
振り付け→本番の日々でしたから…。
よく、アイドルのバックの踊りが同じ局で違うテレビ局で重なる時、実は振り付けも変って居たりするんですよ。微妙にね。
出演する人数やメンバーによっても変りますし…。
しかも、振り付けの先生は一回しか振りを見せてくれない…ことがあり、アシスタントの方々がそれを振り移ししたりになるわけで、できれば一回で数小節の振りを覚える訓練がなされるわけです。
頭の訓練になりますねぇ〜今やれと言われてもできないだろうなぁ〜。
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ベイシティーローラーズ レスリーマッコーエンにハグされた日

その昔、ベイシティーローラーズのレスリーマッコーエン様が当時沢田研二様の歌っていた「銀河の伝説」だったと思いましたが、その曲の英語版をひっさげて、レスリーマッコーエン様がNHKのレッツゴーヤングに登場した際の出来事でした。

私の場合、当時は思いっきり考え方が日本人でございまして、どうも外国人の方々との交流は苦手でございました…。
人種差別ということを考えているわけではないのですが、やはり会話が出来ないということが大きな壁となっていたのでしょうか?とにかく苦手意識が…。

で、いつものように出番待ちでリハーサルの際に上手舞台袖に待機していたのですが、レスリーマッコーエン様が自分の出番が終わり、バンドと一緒にはけてきたのでありました…。

と、その時事件はおきたのであります。

レスリーマッコーエン様が突然目の前に現れ
「オー!プリティーガール!」
と訳のわからない間にハグ!されたのでありました…。固まった私…。
とりあえず…「サンキュー」と行った様な記憶があるのですが…。
と、ここまではファンの方にしたら最高にラッキーなのであります…。

ところが、なにゆえ私には外国人苦手意識がございまして…。
数分後…。なんと!上半身に蕁麻疹…。驚きましたです…自分に自分が!
私はなんと!外国人アレルギーだった…とその時知ることになったわけです。

しゅみません…人種差別をしているつもりは全くないのですが、どうやら身体が反応してしまいまして…。
と、その後外国人に遭遇すると笑顔が硬直したりしたものですが、その後わかったのはあのハグがいけないと…。
お話しするだけならOKだと…。

とそんな過去の経験の持ち主の私がニューヨークに住んでしまったわけですから人間なせばなる!なさねばならぬ!????
うちの相方のK子ちゃんの口癖だった「人間は日々成長しているんだから」
まさしく…。

現在は無事にアメリカ人の方々とも普通にハグをしております…。
人間は環境に順応するらしい…。
ところが問題は日本でつい癖でハグをしてしまう時があり…。
自分でも驚きますが冷や汗、相手も驚いちゃいますよねぇびっくり
ニューヨーカーぶるつもりは全くないのですが、習慣て恐ろしい…。
ではでは…。
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少年隊の東山君はメイツの中では地蔵と呼ばれておりました(^^;)

その昔スクールメイツに私が在籍していた頃、たのきんトリオが金先生で八先生で脚光を浴び、メイツは毎日俊ちゃんやマッチのバックダンサーとして動き回っていたのですが、しばらくするとジャニーズJr.が復活ということで殆ど踊ったことのない男の子達の団体がレッスンを始め、あれよあれよと言う間に彼らのバックで踊るようになりましたです。
その頃、現在の少年隊の三人が居たわけですが、東山君はかなり短めのスポーツがりという頭のせいと表情を変えないということだったのだと思いますが、後輩達の間では地蔵と呼ばれておりました。とはいってもご本人の前で呼んでいたわけではなく、振付の際にメイツとJr.が合同で行っていた時期があり、そんな際に可愛くてそんな呼び名で呼んでいたかと…。
今考えると恐ろしいのですが…。

植草君はあの頃からちと太めだった為、みんなによくからかわれておりました。錦織君はいつも足を高く上げてはおどけて見せたりして、あの頃から彼らの個性は出来上がっていたような気がします^^。

私も実はアイドル時代はめちゃ太ったり痩せたりの繰り返しで、人のことを言える人間ではないのですが…。よく楽屋で「また、太ったね」というのが植草君との最初の挨拶のようになっていたことを思い出しますねぇ。
あれはヤンヤン歌うスタジオの楽屋での話ですが…。

でも、彼らはそうはいってもとっても気のつく良い少年達でしたよ。
そういえば、伊代ちゃんのバックでキャプテンという名で活動していた頃のこと、思い出すのは東山君の名言
1、歯磨きをする時は最後に必ず舌も磨くこと!
2、人間の顔の印象の70%は髪型である。
楽屋でこの話を聞いて、あーそうだなぁ〜と納得。
あれ以来、舌も磨き、髪型も気をつけるように…。
ではでは。
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たのきんトリオとスクールメイツ

ジャニーズ王国と言えば現在はスマップ…このスマップもどうやら別格となっていると言う話ですが、TOKIOに嵐に…とどんどん続くわけです。
現在は私はさっぱりわかりません…。(^^;)おばさん化現象…。

私たちの時代のジャニーズといえば、たのきんトリオ。もちろん川崎麻世さんが当時の古株。レッツゴー・ヤングのサンデーズとしてご活躍中でした。
が、今日はたのきんトリオについて…。

“たのきん全力投球”という番組がTBSのゴールデンタイムに存在した頃。
金八先生から人気が炸裂した三人にはそれぞれのキャラがあり、今日はマッチさんについて書かせて頂きますね。

マッチさんはかなぁりいたずらっ子。
彼は小学生の時からジャニーズに通っていた為、世間の男より純粋というか少年のままであったのです。
当時の彼らは急にスターになった為、もう振付の先生を馬鹿呼ばわりしてしまうこともあったりして、私たちには考えにくい行動や言動が多々ありました。まぁ今となっては…そんな時代もあったよねって話です。

学校でもスカートめくりなんて流行ってしまった時があるのですが、そんなの小学生レベルのお遊び?いたずらを彼は芸能界といいますか、スクールメイツを捕まえては、あのめくらなくてもほとんど見えてるジャン!というスコートをめくってはキャーキャー言うメイツを見て楽しんでおられました。えっ?ほとんどバカ殿じゃん!って?…あーっそうかもぉ?(しゅみません…遠い昔の話ですからお許し下さいませ)。
でも、あれってメイツのほうも子供なのでキャーキャー言うわけです。相手が大人なら…そうはいかなかったでしょう。

でもねぇ、マッチさんはめっちゃかわいかったんですよぉ。本当に彼ら三人はものすごいスケジュールで動いているので、例えば映画の「ブルージーンズメモリー」の撮影の際には(KIYOねえ実はメイツの頃ダンスシーンで出演しております)、本当に1分でも待ち時間があるとセットの陰でねておられましたです。彼らのスケジュールの過密さを考えたら誰も怒れません…といいますか、芸能界では売れている人に対してはものすごぉく温厚なスタッフのふりをします。^^。
陰で何を言ってるかというと…恐ろしくていえませんが…。

その寝顔とおきているときの生意気(しゅみません)な悪がきぶりとは大違い。あれは女性はハートをくすぐられますね…。

案外メイツも悪戯されて喜んでいたのかもしれません…。^^

当時はまだジャニーズJr.なるものが復活するべく動き始めた頃でしたので、まだまだスクールメイツがたのきんのコンサートやTVなどのバックダンサーをしており、おかげさまで毎日安くことなく学校が終わるとダッシュで振付と本番という日々を繰り返し、私の手帳も当時は空白がないほどでした。
“スニーカー・ブルース”なんて踊りを忘れられないほど踊りましたよん。
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早退の理由(スクール・メイツ)

先日スクール・メイツという言葉で検索したところ、現在でも活動していることを知りました。ニューヨークに来てから日本の歌番組を見る機会もなくどうしているかなぁ?と思っておりましたが。^^良かったぁ。

私がメイツの活動をしていた頃はちょうど西城秀樹さんがメイツを引き連れて歌を歌いだし、その後はたのきんというものすごいパワーを持ったタレントさんが現れ、華やかに活動をしていた頃なので、かなり忙しい日々をすごすことが出来て幸せだったと思う。当時は毎日、振付と本番の繰り返しの日々でした。お休みなんてあったかなぁ?というほど忙しかったような記憶があります。(スクール・メイツを辞めて伊代ちゃんのバック時代へとそのまま移行し記憶が混同しているところもありますが)。
高校生だった私は、時には早退することもありました。いつも衣装をバッグに詰め、一週間ほどの旅行かと思うほどの荷物を抱えていた為、学校では不思議な目で…ということも…。帰り際に校長先生に見つかって「どこへ行くんだ!」、「あのぉ熱があるようで…」、「保健室に来なさい」、というわけで連れて行かれ、先生の目を盗んでストーブで体温計を暖め39度にし…「先生…これを」と差出し(^^;)、帰宅したこともありました。^^

そんな中で楽しかったのはTBSの「スターダッシュNo1」という榊原郁恵さん主演の番組でした。オーディションで選ばれた10名ほど(中には演技科のほうからも来ていたのでメイツは6人くらいだったのかなぁ?)のメンバーが歌番組ではなく、バラエティー番組でしかも毎週数シーンは台詞はないけれど一応演技もしたりなんかして、楽しい番組でしたね。しかも、毎週美味しいお食事シーンもあったりしてね。^^
東京音楽学院のようなタレント養成所のようなところが舞台になり、郁恵さんはそこの明日のスターを目指す生徒でそれを応援しているあの世(亡くなっている)のおじいちゃんが郁恵さんの前に現れ、日々奮闘するストーリー。この中で仲間の生徒に岩崎良美さんがいらっしゃったりして、華やかなダンスシーンがあり、毎週レオタード姿になるのがちょいと難関ではありましたが、まぁそれもまだ当時は番組を楽しむことのほうが優先で衣装についてはそんなに考えてなかったかな?

でも、メイツの先輩方ばかりの中にぽつんと入ってしまった為、時には心の中で疎外感を感じたこともありました。先輩方は良い方ばかりでしたが…。やはり本来の仲間と言うメンバーは居ませんでしたから、一人だなぁ〜というかかなり緊張もしていたかな?

そういえば、夏に天城高原でロケがあり、その第一日目の夜郁恵さんのお父様が急死されて主演の郁恵さんなしでロケをすることになり、大騒ぎしたこともありました。番組のP(プロデューサー)はすぐに郁恵さんをご自宅へと手配をし、帰宅されたわけですが、芸能界って親が死んでも会えないことを覚悟して仕事をしていると聞いていたので、こういうときにすぐに帰宅できる環境を作ってくださるスタッフの寛大さに驚いた記憶があります。それだけ、郁恵さんというタレントさんの大きさとスタッフの寛大な判断なのでしょうね。
郁恵さんは本当にあのままの素敵な方です。デリデリキッチンはたぶん素のままの郁恵さんのような気がします。
今では主婦タレントとして生き生きしてらっしゃるのがうれしいですぅ。
ではでは。
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河合奈保子さんの事故後に代役で歌った聖子さん

あの日は奈保子さんはトップテン(NTV日本テレビ)の生放送がNHKのお隣渋谷公会堂であり、それとレッツゴーヤングの収録との往復の1日でお忙しいようでした。。。

NHKホールでドライ・リハーサル(位置決めなどの段取り確認など)は確か男性のマネージャーさんだったような…で、ご本人は渋谷公会堂でのリハーサル。そして、カメラ・リハーサルで…その事故は起きたわけです。ドライ・リハーサルの際に、今日はセリを使うので十分に注意しましょうというような案内があり、たぶんマネージャーさんも奈保子さんにはその件を伝えていたかとは思うのですが、なんたって奈保子さんは近眼の為人の顔も近くまで寄らないと誰だかはっきりわからないという感じといわれておりました。。
で、松任谷由美さんの「魔法の鏡」を歌いながら出て行くというショーコーナーのリハーサルで…セリに…。
真後ろに居たのは♪夢を見る人形とみんな私を呼ぶの…♪と歌う可愛らしい八重歯のアイドルちゃん。。。目の前に居た人がいきなり目の前から消え、放心状態のご様子でした。そして、私たちも出番待ちでその周辺に居たわけですが、かろうじて聞こえた「キャッ」の声。。。
その後の出来事は報道されていたのでご記憶の方も多いかと思います。
あの時は俊ちゃんが「奈保子ちゃんが…」とステージの上をオロオロ走り回っていたのが記憶にありますが、なんといってもその時にさすがと周囲を感心させたのが聖子さんなのでありました。
救急車がNHKホールの装置を出し入れするところからどーんと入り込んできたので動揺しているスタッフに出演者でありましたが、収録は予定通り行ったわけです。奈保子さんの歌うはずだった♪魔法の鏡♪を聖子さんが代役で歌うことに…とはいえ聖子さんは1度聞いたら歌えてしまうほどの音感のよさ…。ある意味天才だと思います。とにかくあの短時間で覚えてしまい、まるで自分の曲かのような歌いっぷり。心の中は動揺しておられたでしょうに…。この日の収録は聖子さんの代役があればこそ…。
聖子さんのプロ意識には脱帽だったわけであります。
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松田聖子さんの素顔

♪エクボのぉ〜秘密あげた〜い〜わぁ〜♪
あのボーイッシュで爽やかな声でデビューしたのが何年前?
もう20数年になるのですね。
素顔が素敵な聖子さんのお話を…。

まだ聖子さんも10代の頃、デビューして間もない頃の話。
当時榊原郁恵さん主演の「スターダッシュNo1」というコメディードラマ・バラエティーがあったのですが、覚えてらっしゃる方はいるのかなぁ?
その番組に聖子さんがデビュー間もなくゲストで登場されたんですが、この番組はゲストの方も一緒に歌ったり、踊ったりするんですよ。
で、リハーサルは人気アイドルの主演番組ということもあり、いつも夜中に行われていました。もちろん帰りはTBSで用意してくださる配車と呼ばれていたタクシーまたは黒塗りハイヤーなのであります。帰りはいつも午前2時過ぎ。そんな時間に帰るとなると新人さんは本当に毎日が忙しいので辛い辛い。でも、車の中では明日のお仕事の打ち合わせをしたりと最後の最後にお部屋に入るまでお仕事なわけです。この日はたまたま同じ方向に帰宅ということで聖子さんのマネージャーさんと三人で乗り込むことに…。
ところがその時面白い話を聞いたんですよ。
マネージャーさんに、毎日お疲れ様ですと言ったところ、Iマネージャーさんは「私たちは仕事の時は私がマネージャーだから聖子の身の回りのことは私がやるけど、一歩仕事が終わって部屋に帰ると、聖子がお茶を入れてくれたりと気を遣ってくれるのよ」というのですよ。
既に、その時は青い珊瑚礁で売れに売れていた頃だったと思います。
正直驚きました。それまで、他のアイドル歌手の方々のお話を聞いていたら案外大変な思いをしているマネージャーさんが多かったので…。

そして、NHKのレッツゴーヤングの舞台袖で急ぎの着替えがあるときに使う女性のついたてを立てただけの着替室で…。あわてて入ってきた聖子さんはついつい入り口を閉め忘れ、中で着替えていた私たちは外から丸見えになってしまい…。気がついた聖子さんはおっきな声で「ごめんなさぁい!」とあわてて扉を閉じたりして、その時の聖子さんは舌をぺロッと出して可愛いこと可愛いこと。これがアイドルだぁ〜って感じでしたね。

ところが、その当時たのきんの俊ちゃんと噂が流れ世間は大騒ぎ!の真っ最中。楽屋口で俊ちゃんファンが「聖子の馬鹿!」と大きな声で聖子さんの楽屋入りの際に言うんですよ…するとどうしたと思います?
おちゃめな聖子さんは「あっかんべー」のベーのポーズを…。
私はその瞬間を見てしまって大笑い。私はそんな聖子さんを好きになりましたです。普通アイドルは嫌われたくないからそんなことしませんよね?
でも、やっちゃうところが可愛いのです。
聖子さんはスタッフの方々とも仲良しで、自分をプロデュースできる方なのでしょうね。何を大切にしてどうすればスムーズにお仕事が出来るか、協力してもらえるのか…。よくご存知なのだと思いましたね。
それが10代の聖子さんの素顔でした。
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qrcode TBに関してなのですが、本文に直接関係のないTBは削除させて頂く場合がございますがご了承下さいませ。また、コメント欄にはペンネームで結構ですのでお名前をお願いしまぁす。掲載している写真につきましては、著者本人のカメラで撮影したものが殆どでございます。当ブログ内に掲載されているすべての写真の無断転載を禁止させて頂きます。m(_ _)m